私は床に蹲っていた。
目の前には棚があり、その一番上には牡丹餅が置いてある。
それが欲しくて何度も試したが、何をしても結局、手が届かなかった。
疲れた私は、諦めて床を見つめていた。
すると上から、声が聞こえてきた。
「おい、これ、いらないのかよ?」
そいつは棚の上から私を見下ろしていた。
「届かない。」
私は不満げにそう答えると、また床に目を下ろした。
「やってみなきゃ分からねぇだろ。」
そいつは励ますように言った。
私はまた見上げると、不機嫌に答えた。
「試したよ。」
他に言う気力もなかった。
「じゃ、なんでそんなとこに座ってんだよ?」
放っておいてはくれないらしい。
「もう疲れた。」
会話をする意欲もない私には、そう答えるのが精一杯だった。
棚の上のそいつは、大きく溜息をつくと、分かりきった質問を私に投げかけた。
「牡丹餅欲しくないのかよ?」
まったく癇に障ることを言うものだ。私は苛立ちを抑えながら、そいつの顔を見て答えた。
「欲しいよ!欲しいから色々がんばってやったんじゃん!どうやっても届かなかったの!」
するとそいつは、不思議な顔をして当たり前のように私に言った。
「届くだろ。おまえ、本当に取ろうとしたのかよ?」
これには私も憤慨した。私は立ち上がると、手を精一杯伸ばして見せた。
「ほら!届かないの!」
そう言いながら今度は飛び跳ねながら、同じ台詞を繰り返した。
「ほら!届かないの!ほら!」
私の手は牡丹餅から10センチ位のところまでしか届いていない。
私は飛び跳ねるのを止めると、そいつを睨んだ。
するとそいつは困ったように私を見て尋ねた。
「で、床に座って落ちてくるの待ってんのかよ?」
別にそういうつもりではなかった。そんな都合の良いことが起こるはずのないことくらい、重々承知している。
「そうじゃないよ。ただ疲れただけ。」
するとそいつは一層困った顔で私を見てから、確認するようにまた質問を繰り返した。
「本当に取ろうとしたのか?」
さっき見せたじゃないか...と思いつつ、私は言った。
「さっき見せたじゃん。届かなかったの。」
その答えがそいつにはどうも納得いかないらしい。首を傾げながら呟いた。
「届かないはずないんだけどな〜...」
真剣に納得がいかない様子である。何が言いたいんだ...と多少苛立ちながら、私がそいつの顔を見ていると、そいつは私に説明しはじめた。
「あのなぁ、届かないような場所に、こんなもの置くわけないだろ。届くと思うから、この辺に置いてんだよ。」
不可解なことを言う奴である。私はそいつを見て訊いた。
「あんたがそこに置いたの?」
そいつは当たり前の様に答えた。
「おぉ。」
「じゃ、取って。」
と私が言うと、そいつは呆れた様に笑いながら言った。
「あのなぁ、自分で取らなきゃ意味がないだろ。」
「あるよ。食べたいもん。」
助けてくれれば良いではないか...そう真剣に思っていた。すると、そいつは、私の考えを察した様に、
「そんなホイホイおまえの欲しがるもんを手渡してちゃ、おまえの為にならないんだよ。自分で手に入れるから意味があるんじゃないか。」
そう言って私を見つめた。
まぁ、言っていることが分からない訳ではない。ただ、試しても無理だったのだから、仕方がない。
すると、そいつは、また私の考えていることを察した様で、
「他に方法があるだろ。よ〜く考えてみろよ。」
そう念を押すように言った。そして、もう一度私を見ると、首をかしげ、
「そろそろ届くと思うんだけどなぁ...」
と呟きながら、勝手に消えていった。
残された私は、相変わらず棚を見上げ、途方に暮れながらも、それまでとは何かが変わっている事に気がついた。何がどう変わったのか、今はまだはっきりとは言えないが、
「届かないはずはない」
というあいつの言葉が私の中の何かを動かし始めているようだ。
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