| 「やっぱ、顔色悪いよなぁ。」
彼は残念そうに小さく頭を振った。
「野菜やら肉やら、バランスよく食ってんだけどな...やっぱ、体質かなぁ?」
私は返答に困り、黙って彼を見ていた。
そんな私の気持ちを察したらしく、彼は続けた。
「友達は、さっさと諦めて吸って来いって言うんだけどな、ああいうのは俺の性に合わねぇんだよ。なんてぇのかな?どうも、ジェントルマンらしくねぇじゃねぇか。」
そういう彼は、横文字があまり似合わない「江戸っ子」風の印象を私に与えていた。
「トマトジュースじゃダメですか?」
私は自分の無知を承知で、ありきたりな質問をしてみた。
すると彼は楽しそうに笑いながら、
「おまえ、漫画じゃねぇんだから。赤けりゃ良いってもんじゃねぇんだよ。」
そう言っている彼は、その時、赤ワインを飲んでいた。
「別に、そんな「顔色悪い」ってほどじゃありませんよ。」
実は異常なほど青白いのだが、他に慰める言葉が思いつかなかった。
彼は嬉しそうに私を見て言った。
「おまえ、良い奴だな。」
それから、ふと何かを思い立った様に小声で始めた。
「実はな、迷惑掛からねぇ程度に、時々頂戴してんだよ。仲間にもこれは内緒なんだけどな...」
明らかに恥ずかしそうである。透けるほど白い肌が、微妙に赤みを帯びた様な気がした。
「みっともねぇのは分かってんだけどな...怯える奴相手に飛び付いて、口の周りを血だらけにして吸うより良いかと思って...間抜けな格好だってのは分かってんだぜ、俺だって。」
私は何の話かさっぱり分からず困惑した顔で彼を見た。
すると彼は立ち上り、いきなり「ボンッ」という音と共に煙の中に消えた。
そして、私が目を見開いてその様子を見ていると、今度は煙の中から一匹の蚊が現れた。
...蚊に化ける吸血鬼。
その哀れな姿に私は言葉を失った。誰にも気付かれずに、そっと血を吸う優しい吸血鬼。その彼になんと言えばいいのか分からず、そのまま見つめていると、彼は音も立てずに飛んで行った。
私は、その蚊の後姿を見ながら、人を気遣う彼こそ、真の紳士だと思った。
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